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勉強をするためにするべきこと

夏休みの勉強について、朝日新聞に不思議コラムが出ていたそうなので、便乗してちょっと考えてみる。

朝日新聞「子供のご両親はゲーム機を偶然装って踏んづけて壊したっていいんです」 - Togetter

コラム自体を読んで思ったのが、勉強する上で一番重要な、「勉強をするためのモチベーションの調達」についてほとんど触れられていないなぁということ。だれだって、勉強をすれば成績が上がったり受験で有利になることはわかっているわけで、「でも勉強したくない」という気分をいかにして無くすかが重要なんじゃないだろうか。
特に夏休みの場合、ふだんの学校の授業や宿題のように、『義務』として課される勉強が少なくなる。コラムでは、そうして学校が休みになることでぽっかり空いた自由時間に、ゲームをするのではなく自主的に勉強しろ、と主張されている。

だけれど、特に小中学生にとって、「勉強するべきだ」という前提条件は所与のものなのだろうか。

勉強ができる子にとっては、勉強はそれほど苦痛ではないだろう。むしろコラムにあるように、難問が解ける快感や、勉強をすることで褒められる快感というのがあるかもしれない。そういう意味では、娯楽として勉強ができる可能性もある。しかし実際には、「勉強しなさい」と口を酸っぱくして言われるのは、往々にして勉強ができない子だ。彼らにとって、勉強は苦痛以外の何物でもない。おもしろくもない参考書や問題集とにらめっこしてつかれるくらいなら、ゲームをして遊んでいたほうがはるかにマシだろう。

「勉強ができない」というとき、そこには大きく分けて2つのパターンがあると思う。1つは、「勉強しないといけないのはわかっているが、集中力が続かない」というもの。試験期間になるとつい部屋の掃除をしてしまう、とかそういうやつだ。これについては、本人が勉強する理由を持っているため、比較的問題は簡単だ。集中できるように、勉強できる環境を整えてやればいい。
具体的には、自習室などの静かで気が散らない場所に行く、マンガやゲームやケータイから物理的に遠ざかる、自分にあったレベルの参考書や問題集を選ぶ、目標を設定して取り組む、と行ったところだろうか。たぶん、ライフハック系のサイトを眺めればこの手のアドバイスは山ほど出てくる。

しかし、「そもそもなんで勉強しないといけないのかわからない」というような、勉強する理由が本人の中に無いパターンの場合はすごく難しい。こちらのタイプは、勉強をするための環境を整えることがすでに不可能に近い。
勉強をしようと決意した人なら、気が散るからとケータイを家に置いて自習室に行くことはそれほど難しくない。だけれど、勉強をしたくない人は、自主的に自習室に行ったりはしない。マンガやゲームから遠ざかる理由もない。
相手が子どもなら、それでも無理やり勉強させることができるかもしれない。僕も、子どもの頃には親に無理やり勉強させられて、泣きながら勉強したことがある。泣きながらというのは比喩ではなく、ノートに涙を垂らしながらドリルを解いたりした。僕は小学生の頃は勉強が大嫌いだったから、「宿題が終わるまで遊ばない」という家のルールとしょっちゅう衝突していた気がする。
ただ、そうやってしぶしぶ勉強をする場合、勉強というのはノルマをこなすための作業に過ぎないから、とうぜん勉強の効率はすごく低い。机に向かっていても、意識の半分は勉強を強制している相手を呪い殺すために使われているだろう。

「偶然を装ってゲーム機を壊された」子どもが、「じゃあ仕方ないから勉強しよう」と思うはずはない。ゲームの代替として勉強が出てくるくらい、勉強に対する意欲がある子どもなら、そもそもゲームを破壊なんてしなくても、勉強することはできるだろう。
他方、勉強を全くせずにゲームをしている子どもが、「偶然(を装って)ゲーム機を壊された挙句、勉強を強制された」ら、その理不尽さに怒り狂っても不思議ではない。彼らにしてみれば、両親には「ゲーム機を壊した」という過失があるわけで、その過失は「勉強を強制される」ことに対する反発を倍加させるだろう。端的に言って、勉強させるためにゲーム機を壊すことは、明らかに逆効果だ。

偶然を装ってゲーム機を壊すくらいなら、まだ「勉強をしないこと」のペナルティとしてゲーム機を隠すことの方が有効だろう。ゲームと勉強を天秤にかければ、少なくとも「ゲームをするためのコストとして、仕方なく勉強をする」という動機付けにはなる*1。ただし、「友達の家にゲームをしにいく」「ゲーム以外の娯楽を探す」といった方法で勉強することを回避することは当然考えられる。「相手が嫌がる勉強を、無理やりさせる」という方法を取る限り、両親と子どもは敵対関係になるから、子どもはあらゆる手段で抵抗を試みるだろう。


ではどうするかというと、原則としては勉強をする動機づけを与えるしかないのではないだろうか。両親が子どもに勉強を矯正するということは、少なくとも両親は、「子どもは勉強をするべきだ」と考えているはずだ。そうであれば、なぜそう考えているのかを説明し、子どもを説得するところからはじめなければならないだろう。
その方法については、たぶん色々なケースがあるので一般的に語ることは難しい。ただ、「勉強するべき理由」を説明できないおとなが「勉強しなさい」といくら言ったところで、虚しいだけだと思う。



「こんなこと勉強して何の役に立つの?」と聞かれた時、言葉を尽くせない大人が知性を殺す: 不倒城
404 Blog Not Found:「こんなことも出来ないお前は何の役に立つの?」が最凶な理由

*1:もちろん、そういう強権的な方法を取れば、子どもはたぶん勉強と両親が嫌いになる。