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tailwisdom's blog

tailwisdomのじゆうちょう

まどマギ叛逆の物語の結末について

全編を通しての感想は前の日記に書いたので、ここでは書き漏らしたことを。

『まどか☆マギカ 叛逆の物語』 ネタバレ感想 - しっぽの知恵袋 -読書とか雑記とか-

一応ことわっておくと、思いっきりネタバレです。

結末について

 叛逆の物語の後半はどんでん返しに次ぐどんでん返しで、様々な結末があらわれては消えていった。
 結局、映画ではああいう結末になったわけだけれど、では他にどんな結末が考えられたか、について考えてみた。

1.魔女の結界にとどまり続ける。

 映画としてはバッドエンドもいいところだけれど、登場人物たちはみんな幸せになれそう。
 ほむらにはまどかがいるし、杏子にはさやかがいるし、マミさんにはべべがいる*1。平和な日常を送りつつ、夜には魔法少女としてナイトメアと戦うことで街の平和を守る。実際、そんな日常系(?)まどマギも見てみたかったような気もする。

 このラストが選択されなかったのは、もちろんほむらがそれを許さなかったからだ。その理由は実は微妙に解釈が難しいのだけれど、たぶんこういうことだろう。すなわち、ほむらはそもそも魔女が存在すること自体を問題にしていた。なぜなら、まどかの願いは「すべての魔女を、生まれる前に消し去りたい」だったからだ。であれば、魔女の存在に気づきながら、その結界の内部でまどろむことは、ほむらにとって許し難い裏切りだろう。

2-1.結界内で魔女となり、そのまま倒される。

 バッドエンド。
 この結末を迎えるためには、ほむらが何らかの手段で円環の理の適用を排除する必要がある。神まどかが降臨してからその救済を拒否することは難しそう*2なので、あるとすれば魔女ほむらの結界から、まどかたちを弾き出すことだろう。もっとも、まどかたちを弾き出そうとすれば、間違いなくインキュベーターの妨害が入っただろうから、実現可能性は低そうだ。


2-2.結界内で魔女となり、魔法少女たちに勝利する。

 さらにバッドエンド。
 前項同様、円環の理の適用を排除する必要があるので、実現可能性は低そう。

 ただ、もし円環の理を遮断できた場合、ほむらの魔力は相当に強大であるはずなので*3、他の魔法少女では倒せない可能性もある。実際、本編でも円環の理から引き出した歴代魔女(?)の力を駆使してほむらに対抗していたところを見ると、魔女ほむらの討伐はなかなか難しそうだ。
 他方、いくら魔女化したとはいえ、ほむらはまどかを倒せるのか、という問題もある。魔女化=狂気に冒される、と考えれば、それも可能性があるのかもしれないけれど、まどかを守るために魔女化してまで円環の理の秘密を守ったのに、その結果まどかを殺してしまったとしたら、これほど救われない話もないだろう。そんなことにならなくてよかった。

3.インキュベーターの結界破壊後、円環の理に導かれる。

 考えようによってはグッドエンド。もしかするとトゥルーエンドかもしれない*4
 円環の理に導かれた場合、おそらくほむらもさやかやなぎさのように、魔女化した*5少女たちの一員として、神まどかとともに存在できただろう。そしてそうすることは、ほむらにとって少なくとも2つのメリットがあった。1つは、「ずっとまどかと一緒に存在し続けること」。もう1つは、「ほむらが繰り返してきた時間遡行のすべてを把握しているまどかに会えること」。
 ほむらにとって、後者のメリットはとても大きいはずだ。テレビ版のラストでほむらは、「時間遡行を繰り返すたびに、わたしとまどかの時間はどんどん離れていく」というようなことをいう。それは時間遡行を繰り返すことでまどかを救おうとしたほむらが背負った業であって、ほむらの思いとまどかの思いがすれ違う最大の要因だったはずだ*6。テレビ版の結末をほむらの視点から見ると、「まどかを助けることはできなかったけれど、これまでほむらがその時間軸上のまどかを守るために繰り返してきた戦い」がようやくまどかに共有され、「時間遡行を繰り返すたびに離れていった」まどかとの距離がようやく埋められたのだ。それこそが、ほむらにとっての救いだった。

 ほむらの時間遡行能力は、ノベルゲームでバッドエンドに至ったプレイヤーがリセットしてやり直す行為に近い。そのため、時間遡行能力を行使した時点で、ほむらは物語のキャラクターというよりも、並列する無数の物語を俯瞰的に眺めるプレーヤーとしての立場に移動してしまった。端的にいえば、まどかたちの物語の「外」へと移動してしまった。ほむらが吐露する「まどかとの距離」はその移動によって必然的に生じたものだ。
 テレビ版のラストをほむら視点で見ると、物語の外に移動してしまったほむらが、まどかも物語の外に移動することによって救われる、という話だといえるかもしれない。

 そのため、まどかによる世界改変後、時間遡行能力を使わなくなった(=ふたたび物語の内部に戻った=神まどかとして物語外部の存在となったまどかとは再びすれ違った)ほむらが、円環の理に導かれることで再びまどかとの再会を得る、というのは、ほむらにとっては救いとなるはずだった。

 では、映画本編ではなぜそうならなかったのか。


(後編に続く)

*1:これは余談だけれど、叛逆の物語におけるべべって、実は「別にいなくてもストーリーが成立する」キャラクターで、もっと言えば「いないほうが自然」なキャラクターだと思う。にもかかわらずわざわざ新キャラクターとしてなぎさを投入した理由ってたぶんふたつあって、ひとつは「ナイトメア世界がニセモノだと気づいたほむら(と観客)の目を引きつけるための囮」で、もうひとつは「まどほむ、さや杏(順不同)のツーペアからあぶれたマミさんをぼっちにさせないための賑やかし」になる。ただ、そう考えるとべべとの偽の記憶に浸ってるマミさんがすごく不便に思えるので、なんとか正史でもマミさんとなぎさが仲良しみたいな過去を作って欲しい。そういう薄い本があったら読みたい。

*2:本編のほむらはそれをやってのけたのだけれど、魔女化したほむらにはそれは難しいのではないか。また、仮にそれが可能だったとして、インキュベーターの結界内にまどかを引きこむようなことをほむらはしないと考えられる。

*3:因果の大きさが魔力につながるなら、まどかを因果の”かなめ”にする過程で、ほむら自身にも相当の因果が蓄積しているはずだ。ただし、魔法少女になったあとの因果の大きさが魔力に反映するかどうかはよくわからないが。

*4:僕はそう思わないけれど

*5:魔女化するところを円環の理に救われた

*6:そして、そのすれ違いを受け入れた(あるいは少なくとも、すれ違いの解消よりもまどかの生存を優先させた)結果が、テレビ版ルートでのほむらの態度なのだろう。はじめの方の周回では、まどかとほむらはともに戦っていたし、友情も育んでいるなど、テレビ版ルートのほむらとは明らかに振る舞い方が違っていた。