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tailwisdom's blog

tailwisdomのじゆうちょう

国会前デモについて

jp.reuters.com

先日の国会前デモについて、様々な報道や著名人の反応を読んで思ったことを、徒然に書く。
先に話題を提示しておくと、以下のとおりになる。

・参加者の数について
・参加者の数の意味するものについて
・デモの参加者について
・選挙について

徒然に書くので、結論はあったりなかったりする。

参加者の数について

 「あのデモにどれだけの数の人が参加したのか」については諸説ある。
 例えば警察発表は約3万3千人、主催者発表は12万人と、4倍弱の開きがある。
 まぁ、デモの参加者数が警察発表と主催者発表で食い違うのはよくあることだけれど、実際にどのくらいの人が集まったのかは、素朴に興味のわくところだ。
 インターネットは便利なもので、検索すると検証している人たちがたくさん見つかった*1。そこで、検証の過程をオープンにしている記事を2つほど紹介しよう*2
 ひとつは産経新聞によるもので、もうひとつは生活の党のたがや亮氏によるものだ。

www.sankei.com
 産経新聞本社による検証は、現場の人口密度と空撮画像による人のいた面積から、写真に写っている人の数を概算するというもの。
 特に紹介しないが、ツイッター上でも同様の手法による推定はいくつも行われていた。
 その結果は、最大で3万2400人程度、というもの。おおむね警察発表と一致する数字だ。

ameblo.jp
 生活の党のたがや亮氏によるものは、周辺駅の利用者数から概算するというもの。
 詳しい検証方法はリンク先を見てもらうとして、大雑把にいうと、国会議事堂最寄り駅について、改札を出た人の数が他の日と比べてどの程度多いかを数えるというもの。
 それによると、7万人程度が平時より多く改札を出た(デモに参加した)とのこと。警察発表の2倍程度だ。


 両者の推測でだいぶ数字が異なるが、これは、産経新聞が「ある瞬間に国会の前にいた人数」を推定しているのに対し、たがや氏が「その日のいずれかのタイミングに、電車で国会の近くに来た人*3」を推定しているためだろう。つまり、検証の対象となった写真が撮られる前やあとに国会前に来たひとや、国会前ではなく周辺(官庁街や日比谷公園)にいた人をカウントするかどうかでこの程度の差がでたのだと考えられる。
 たがや氏のブログにもあるが、当日は国会前に人を集めないように道路を封鎖したり別の場所へ誘導したりしていたらしい。その理由が何であるのかはよくわからないが、すし詰めによる事故を防ぐなど、安全上の意図があったのかもしれない。いずれにしても、国会前でなくその周辺にいた人もかなり多かったということは、はじめに引用したニュースにも出ているとおりだ。

参加者の数の意味するものについて

 デモの参加者数は国会前で約3万人、周辺を含めるともっと多そうだ、というのが先の節の結論なので、とりあえず数万人の参加者がいた、として話を進める。
 一般的に言って、一つのデモに数万人が参加するというのは、とても珍しい。それだけ、安保法案についての関心、あるいは危機感が大きいということだろう。
 他方、数万人という参加者数は大したことがない、という主張もある。
 www.asahi.com
 橋下氏の主張は、日本の有権者数である約1億人に対して、デモの参加者数は取るに足らない数字だ、というものだ。
 数字だけ比較すると、1億分の数万だから、0.1%以下となり、確かに小さい数字だといえるかもしれない。デモは国会前で行われたものだから、母数には日本全国でなく関東圏、あるいは首都圏の人口を取ったほうがいいとしても、割合としてはせいぜい0.5%といったところだろう。 その意味では、橋下氏の言うように「サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義」なのかもしれない。
 しかし、デモの参加者数という数字は、単に「そういう主張をする人がその数だけいた」という意味に解釈して良いのだろうか。
 橋下氏にならって僕もサザンのコンサートを例に使ってみるけれど、たとえばサザンのコンサートに3万人の観客が詰めかけたとして、それを見て「サザンオールスターズのファンは3万人しかいない」と主張するのは妥当だろうか?
 たぶん、「サザンオールスターズには熱心なファンが少なくとも3万人いて、もう少しゆるいファンはそれ以上にいる」と考えたほうが実際に近いだろう。
 同様に、今回のデモに参加した数万人の背後には、デモには参加するほどの行動力は持ち合わせていないが、内心では同じような主張を持っている人々がいるのだろう、と考えるべきではないだろうか。
 もちろん、会場のキャパシティという制限があるサザンのコンサートと、今回のデモを単純に比較することはできない。しかし、安保法制に反対の人がすべて国会前に集結したと考えるよりは、反対の人のうち特に熱心な人が集まった、と考えたほうが自然であるように思う。

デモの参加者について

 前の節とも関連するが、デモの参加者がどういう属性の人達なのか、というのは、デモの社会的インパクトを考える上で重要な要素になりうる。
 実際、デモのインパクトを小さく見積もりたい人はデモの参加者は特殊な人、愚かな人だと主張する。例えば、デモの参加者を「プロ市民」と呼んだりする。
 他方、デモのインパクトを大きく見積もりたい人は、デモの参加者はふつうの人だと主張する。学生や子供連れが参加していることを強調した広報などは、そういう意図だろう。

 僕はデモに参加したり、デモを近くで見たりしたことがないため、デモの参加者がどういう人達なのかはよくわからない。もちろん、参加者の属性はデモによっても大きく異なるのだろう。また、特に今回のような規模の大きいデモには、それこそ「プロ市民」に近い立場の人から、デモにはじめて参加するような人まで、いろいろな人がいるのだと思う。デモの規模が大きくなると、割合としてはふつうの人(特別な属性を持たない人)が増えそうだ。
 じつは大学の先生や作家などのいわゆる知識人も参加していたりするそうなので、参加者がどの程度の理論武装の上でデモに参加しているかも、たぶん千差万別なのだろう。
 そうして多様な人が多様なままにデモに集まるのもいいとは思うが、もし、単なる意思表示だけでなく、ロビー活動なんかを含めた政治活動につなげるのであれば、主導者というか、デモ参加者の意見を総合して外部との窓口になるような組織があったほうが良いのだろうなと思う。というか、それこそ知識人がそうした役割を担うべきではないのだろうか。

選挙について

 デモに行くくらいなら選挙に行け、という主張をときどき見かける。
 デモの参加者のような政治への関心が高いと考えられる人たちが投票権を行使していないと考える理由もあまりないので、デモの参加者は当然選挙に行っており、そのうえでデモにも参加しているのだと思う*4

 選挙とデモの間には、いくつかの相違点がある。
 ひとつには、デモは大抵の場合シングル・イシューだが、選挙はそうではないという点だ。
 安保法案に反対するデモに参加することで安保法案に反対の意志を示すことができるが、選挙は法案単位ではなく政治家、あるいは政党単位であるから、安保法制に反対であったとしても他の政策との兼ね合いを考える必要がある。例えば、安保法案には反対だが、アベノミクスの路線は支持する、という人は誰に、あるいはどの政党に投票すべきだろうか。

 また、デモはdemonstrationの字義通り、直接的な政策への反映以外にも、社会的なインパクトを期待している面がある(ように見える)。
 国会前でデモを行っている人たちは、国会議員たちが意見を変えることを期待しているのと同じくらい、周りの有権者が意見を変えることを期待しているのではないだろうか。あるいは、次の選挙において、安保法案を重要な論点とすることを期待しているのではないだろうか。

 そもそも、参政権とか政治参加というものは別に選挙で投票することだけを指すわけではないので、このようなデモがあることは、それがない場合に比べて、市民の政治参加がより活発である点で民主主義国家として望ましいといえるのではないだろうか。

結論はない

 そういうわけで、今回のデモとそれに関する報道やネット上の反応を見て思ったことを、話題別にまとめてみた。
 特に結論や主張があるわけではないけれど、強いていえば、このデモを機に安保法案の内容や、その手続き的妥当性に関する議論が今以上に活発になればいいなと思う。
 たぶん、それはデモの参加者が求めていることの一つだろう。

*1:Togetterなんかにもいくつかまとめがあった。

*2:この2つを選んだのは、検証の過程がオープンであり、検証の検証が可能であるため。あと、デモに批判的な立場の人と好意的な立場の人を両方紹介することで、多少なりともバランスを取ってみたつもり。

*3:「この日改札を出た人の数-他の日曜日に改札を出る人の数」の差分で求めている。この差がすべてデモの参加者であるという仮定がどの程度妥当かはよくわからない(野次馬なんかも多少は含まれるだろう)。逆に、電車以外で来た人はこの数に含まれていない。

*4:学生など、まだ投票権がないという人はいるかもしれない。